新国立劇場バレエ団は、吉田都芸術監督が演出した古典の「ジゼル」を10〜20日、東京・初台の新国立劇場で上演する。 現役時代、主人公ジゼルは吉田の当たり役で「成長させていただいた」と語るほど、ゆかりが深い。7月にはかつて活躍したロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで上演する。(編集委員 祐成秀樹) 中世ドイツ。村娘ジゼルは若者と恋に落ちる。だが、裏切られた衝撃で命を落とし、精霊となってひたむきに愛を貫く。かれんな村娘と神秘的な精霊を踊り分けたうえで純粋な心を繊細に表現する。演技力とテクニックと音楽性。プリマの総合力が問われる。「どう表現するかによって作品全体に影響する。難しかったですが、バレリーナとして成長させていただきました」 1984年に英国のサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団に入り、芸術監督の名振付家ピーター・ライトに手ほどきを受けた。95年に英国ロイヤル・バレエ団に移籍した後も何度も踊り、優美さと浮遊感の極致を見せた。「右も左もわからないところから自分なりの表現を見つけ、最終的には演じる醍醐(だいご)味を感じさせてもらった。英国で学んだ全てが込められています」 2020年に現職に就くと、初めて自ら演出する作品として「ジゼル」を選んだ。「サー・ピーターの伝統を継承する気持ち。演じやすいようキャラクター設定をクリアにしました」 初演は22年。冒頭の収穫祭の準備に励む村人一人一人をはじめ、ジゼルが愛した公国の王子アルブレヒト、その恋敵ヒラリオンや婚約者バチルドらの人物像や感情の動きがわかるように演出した。 ジゼル役の小野絢子、柴山紗帆、木村優里、米沢唯、池田理沙子もそれぞれ好演した。「誰一人、似たジゼルはいなかった」と喜ぶが、満足はしていない。「役柄と距離がある。自由に解釈して動いていい。自分自身を見つめて中から出てくるものを大切に表現してほしい。私も苦労しました。同じ道を通ってきたので、理解できます」 飛躍の好機が、芸術監督の就任時から夢見ていた古巣ロンドンでの公演だ。「海外の舞台を経験させたいんですよ。空気感やお客様の熱量もまた違う。エネルギーをもらって羽ばたいてほしい」 7月24〜27日に英国ロイヤル・バレエ団の本拠地ロイヤル・オペラ・ハウスで5回公演する。新国立劇場よりも広い2000席以上の大空間だ。「お客様に届くまで時間がかかる。焦らずに少し間を取って呼吸しながら伝えないと。踊り方、演じ方、マイムの仕方も変えなければいけない。今回の東京公演で、もう少しできるようにしたいのですが」 東京公演のジゼル役は初演時と同じ5人が踊る。 次の目標は「新国ならでは」の新作の制作 吉田は現在、芸術監督5シーズン目。就任当初はコロナ禍に苦しんだが、バレエ団の環境は着実に改善されている。東京医大の手厚いサポートを受けられるようになったほか、ステージトレーナーの人数や施術対応の時間を増やしたり、パーソナルトレーニングの時間を設けたり。新しいリハーサル室もできた。 ここ1年は有料入場率90%を超える公演も続出。公演回数も着実に増え、来シーズンは76回と開場以来最多になる見込みだ。「だいぶ良い形で進んでいる。ありがたいことです」 バレエ団の成長を印象づけたのは、3月に上演した「バレエ・コフレ」だ。最先端をゆく振付家フォーサイスの「精確さによる目眩(めくるめ)くスリル」、シンプルな動きをひたすら見せるランダーの「エチュード」、豪華絢爛(けんらん)なフォーキンの「火の鳥」という、難度の高い3作を踊りこなしたのだ。「すごいことができているなと思う反面、これぐらい楽々とやってよ、という気持ちもある。私の見てきたスターって、一番緊張する場面で期待以上のものを必ず見せてくれた。そこまで持っていってほしいですね」 最後に聞いた。芸術監督のやりがいとは? 「ダンサーたちの成長を感じられた時が一番の喜びです。だから日々のリハーサルには元気をもらえます」。次の目標は「新国ならでは」の新作の制作だという。