「積水ハウス55億円詐欺事件」不起訴になった男が裏側を告白

 2017年に世間を騒がせた「積水ハウス55億円詐欺事件」。大手デベロッパーが「地面師」と呼ばれる詐欺集団に騙された事件はのちにドラマの題材にもなり注目を集めた。一方で有罪となったメンバーは今も“主犯格は別にいる”と主張しており、事件には謎が残る。ライターの河合桃子氏が獄中の地面師たちとやり取りするなかで、“本当の黒幕”の存在が浮かび上がってきた。(文中敬称略) 【写真】積水ハウス地面師詐欺事件で「不起訴」となった大物地面師・北田文明から送られてきた手紙 「全てを話せば当然、有罪となっていた」 〈全てを話せば当然、有罪となっていたでしょう〉(2025年3月27日消印、原文ママ)  そう手紙で告白したのは、積水ハウス地面師詐欺事件で「不起訴」となった大物地面師、北田文明(66)である。  事件は積水ハウスがマンション用地の購入代金として支払った55億円が地面師により騙し取られたもので、損害金の回収は今もまだできていない。  昨年配信されたドラマ『地面師たち』(ネットフリックス)の大ヒットによって、実際に起きた事件も改めて注目された。  作中の地面師たちは豊川悦司演じるリーダー役のハリソン山中や綾野剛の交渉役、ピエール瀧の法律屋役など6人に集約されたが、実際の事件の逮捕者は17人。そのうち起訴されて有罪判決が下ったのは10人だった。  すでに出所した者もいるが、ドラマにおけるハリソン山中に近い中心的な役割を担った土井淑雄、権利証を偽造した内田マイク、綾野剛演じる交渉役にあたるカミンスカス操(事件当時の名前は小山操)という主犯格とされる3人は現在も獄中だ。  私はこの1年、いまだ謎が多いこの事件について有罪判決を受けた実行犯を含む複数の事件関係者を取材してきた。  主犯格とされた3人は、いずれも公判で「否認ないし争う」と主張。そのうちの1人で獄中にいる土井と今年2月に手紙のやり取りをした際には、“別の主犯”の存在が示唆された。 〈主犯は起訴されていません。私の事件を知る限りでは4〜5名です。内田も当初は中心人物だったと思いますが、メインの主犯4〜5名に利用されたと(略)私の調査で分かりました〉(2月20日消印)  土井の言う“メインの主犯”とは誰か。何度も手紙を送ったが、返事はなかった。ただ、内田と計画を練り実行役に指示したとされる土井が、主犯はその2人以外に存在すると主張していることはわかった。  取材を進めるなかで“本当の主犯”である可能性が浮かんできたのが、不起訴になった北田文明だった。  北田は2018年10月に積水事件での詐欺罪などで逮捕されるも「自分が貸した口座に入金された金が詐取された金とは知らなかった」という主張が通り、不起訴に。ただ、結局は別件の地面師詐欺事件で実刑判決が下り、服役中だ。  大物地面師でありながら不起訴となったことに疑問を抱いた私は、今年3月に北田が収監されている刑務所に手紙を送った。すると、2週間ほどで返事が届いた。  私はストレートに「あなたは積水事件にどう関わったのか」と聞いていたが、こう書かれていた。 〈小山が迷走しないようにと考えた私は土井とマイクを会わせることにしました。土井、マイク、私の3人で余計な人間を排除し、すっきりとした関係でストレートに作業を進められるようにしたのです(略)こうした流れで進んだ案件〉〈最初から刑事事件になることを確信していた私は一切表に出ず、いくつかの大きなポイントでのアドバイスと手配に徹しました。おかげで私は不起訴となりましたが、全てを話せば当然、有罪となっていたでしょう〉(ともに2025年3月27日消印)  北田は主犯格として起訴された土井と内田を引き合わせ、ともに地面師集団を操っていたと告白するのである。 実行犯の1人は「裏で全員を操っていたリーダー」と指摘  北田は地面師の世界では誰もが知る存在で、内田との仲は20年以上に及ぶという。 〈お互いに数千万円を騙し取ったりもしましたが、それでも遺恨を残さない不思議な関係です〉(6月4日消印)  積水事件の舞台となったのは、JR五反田駅近くの600坪の旅館「海喜館」の土地だった。  手紙のやり取りで北田が明かしたところによれば、この土地に初めて触れたのは、内田配下の地面師が土井の事務所に土地の公図や謄本を持ち込んだ時だった。  すでに内田が偽造の権利証を作り、地主のなりすまし役(有罪判決を受けた羽毛田正美)や偽造パスポート類も揃っていた頃である。北田は当時の様子をこう振り返る。 〈土井氏がどうしても成功させたがっていたし、土井氏が何かをやってくれないと、私が貸しているお金(500万くらい)を回収できないどころか、この頃、土井氏の生活費のほとんどを私がみていたので、私も自分の身の安全を確保しながら協力しました〉(6月10日消印)  北田の“仕事”は土井への直接的な「アドバイス」だったという。いくつか説明されたが、最大の“功績”は「客づけ(騙す相手を見つけること)」できずにいたメンバーを排除し、積水ハウスを見つけ出した中間業者の生田ホールディングスに繋げた点だろう。生田とのやり取りも北田が仕切っていたようだ。 〈生田がセキスイにたどり着く前に二転三転し、なかなか決まらなかった。この時に小山に対して土井が大丈夫か?と聞いた。生田は数千万円なら今すぐ支払えると言っている、と小山が答えた。  そこで私が、小山に対して、「今すぐ地主と契約させるから今日お金を持ってこい」と電話するように指示し、その場で電話させた〉(4月11日消印)  主犯とされた土井を動かし、カミンスカスには電話をするよう指示していたとする証言だ。  有罪判決を受けた実行犯のひとりの供述調書によれば、土井は積水ハウスとのやり取りの最中、北田に何度も「来週の契約段取りまとめます」「スッキリアドバイスに、感謝します」などとショートメールを送っていたという。  ただし、北田は積水ハウスとの商談や仮決済を行なっていた2017年3〜4月頃は海外へ観光旅行に出ておりメールに一切返事をしていない。北田は「アドバイスは電話で済ませた」とし、土井からのメールは、 〈迷惑メールとしか思っていませんでした。事件になった時に捜査の対象になるし、起訴の材料になると思っていました〉(5月8日消印)  と綴っている。自らの手を汚さず、詐欺を成功させるための協力をしたとする北田。積水ハウスから騙し取った金は、中間業者に渡した残りの40億円を分けたとし、 〈○小山 10億 ○土井、北田 10億 ○マイク 3億くらい残り、忘れました〉(5月23日消印)  と説明した。これらの分配は〈土井さんが案を出して私の同意を得て実行しましたが、私はあんまり真剣に考えていなかったので、正確さを欠いていると思います〉(同前)とした。  説明が事実ならば、主犯格とされる土井や小山と同額、内田マイクの3倍を得ているのに、不起訴となったことになる。  事件で懲役4年の実刑を経た実行犯の1人は北田について「裏で全員を操っていたリーダーだったのに、土井やマイクを出し抜いて上手くやりましたよね」と評した。 今は行政書士の勉強中  私は7月某日、北田に面会した。冷房のない刑務所内ではランニング姿に作業ズボンとラフな姿だったが、その語り口には余裕のようなものが感じられた。「土井やカミンスカスは今も否認し続けている」と伝えると、北田は「往生際が悪いですね」と笑った。 「土井さんはプライドが高いから。私は“実”さえ取れれば私の仕事である必要はないですから」  しかし、北田も事件後、自宅とは別に借りていたマンションに隠した現金を何者かに奪われたという。 「7000万円ほど入った金庫ごと持ってかれました。犯人は大体、察しがついています(笑)」  北田は“身内”の誰かの犯行だと言いたげな様子だった。金の奪い合いが事件後も起きていたとすれば驚きである。  話題が今年6月、大阪・ミナミで起きた被害総額14億円の地面師事件の話におよぶと、北田は地面師たちの狙いに西も東も関係ないのだと言う。 「基本的に人が考えたシステムは人が破れる。したがって、今後も同じような事件は起こるでしょう。私はいつもクラブで女の子と笑いながら、頭の中で『物理的ではなく法的に逃げるためのルートをゴールから探る詐欺』を考えていた」  そう笑う北田。今もまた新たな詐欺について思案しているのだろうか。そう水を向けると意外な言葉が返ってきた。 「詐欺はもういい。かつての集中力も思考力もないですし。それより世のために少しでも良いことをしたい。ただ、不動産に関わると悪い気を起こしちゃいそうなので不動産からは離れます。現在は行政書士の試験を受けるために勉強中です」  もちろん、虚々実々の駆け引きをしてきた地面師の言葉を額面通りに受け取ることはできない。何より、最大の疑問は、“なぜ今になって自らが事件に関与したと明かす気になったのか”だ。それを尋ねても、「河合さんの取材に微力でも役立てればと思って」などと返ってくるだけで、納得のいく答えは得られない。  北田が本当に積水事件で他の犯人たちを操ったのであれば、今回の告白にも何らかの目的があり、記者である私を操ろうとする意図があると考えたほうが自然かもしれない。そうした疑心暗鬼にも苛まれる。それでも、多くの謎が残された事件の当事者の言葉を報じることには意味があるのではないか。北田の告白の意図も含めて、取材を続けなければならない。 【プロフィール】 河合桃子(かわい・ももこ)/1977年、東京都生まれ。ライター。事件取材のほか社会の性風俗に関する最先端を取材してきた。 ※週刊ポスト2025年8月15・22日号

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